歳を重ねるにつれて性格が悪くなる件について

年を取ると時間が早く流れるように感じるワケ

いきなりおじいちゃんみたいなことを言うようですが、年齢を重ねるにつれて時間が経つのが早くなっているように感じます。

「何でなんだろう、気のせいなんだろうか?」ってずっと気になっていたのですが、これジャネーの法則というらしいです。名前があったことに驚きです(‘_’)

19世紀のフランスの哲学者ポール・ジャネさんと甥のピエールさんが発案・発表したアイディアです。それによると、時間の流れの感じ方は相対的なもののようなので、早く感じるだけで実際に早く流れているわけではないそうなんです。

つまり本当に気のせいだったんですね……(‘Д’) とてはそうは思えませんが。笑 でも、少し考えてみれば納得です。

6歳の子供ならそれまでの人生の6分の1を占める1年という時間も、30歳の大人なら30分の1に過ぎません。つまり、30歳の大人は6歳の子供と比べて実質5倍も時間の流れを早く感じる

ということです。相対的に! そう考えると年々時間の流れが早く感じるのも納得ですよね。

ということは、

6歳の子供の1年

=20の大人の3年(20/6=3.333…years)

=30の大人の5年(30/6=5)

=40の大人の7年(40/6=6.66…)

=60の大人の10年(60/6=10)

という感じですかね。なるほどなぁ(‘Д’)

と、ここで、今回のテーマですが、今回は歳を重ねるということについてです。いつも通り前置きが長くなってしまいました(‘Д’)

この世界で唯一の平等なモノ

世の中にはですね、国同士の経済格差だったり、外見の美醜の差だったり、様々な格差があります。世界の大富豪TOP1%が残りの99%の人々のそれを合わせたより多くの財産を所持しているなんてデータもありますしね。

そんな格差と不平等に満ち溢れた世界ではありますが、たった一つだけ平等なモノがあります。それこそが老いであり、死です。

古くは始皇帝や楊貴妃・ファラオから現代のIPS細胞に至るまで不死を追求する人や研究は後を絶ちません。ですが、まだまだ人類が不死に至るには倫理的にも技術的にも多くの課題が残されています。

つまり、文明が高度に発達した現代においてでさえ、老いるということは全ての生物にとって不可避でありながら、身近でごく自然なことであるということです。

にもかかわらず!!!

多くのドラマや小説、テレビといったメディアでは青春時代ばかりが持て囃され、まるで人生の黄金時代はそこだけであるかのように扱われています。

もちろん理解はできます。わかります。

まだ未熟で多感な時期で、だからこその成長物語というのは人々の冒険心を大いに刺激します。見るもの聞くもの全てが新鮮で、瑞々しいというあの時期特有の輝きのようなものも理解できます。将来は可能性に満ち溢れていて、何にでもなれるどこにでも行けるという全能感もわかります。

それはいいんです。確かに青春時代は素晴らしいです。ですが、一方で多くのメディアにおいて、

歳を重ねること=マイナスなこと

みたいなイメージがその根底にある気がするんです。そして多くの人々が実際にそう考えていると思います。

でも、僕は歳を重ねるってすごく素敵なことだと思うんです。

歳を取ると知識や経験も増え、人間として成熟するわけです。さらに金銭的にも余裕ができ、行動範囲も飛躍的に広がります。

良いことばかりではないかもしれないけれども、多くの思い出もあります。人によっては幸せな家庭に恵まれているかもしれません。

もちろん身体的な機能は若い頃に比べ劣っている方が多いでしょう。ですが、それに勝るとも劣らないくらい多くのモノを手にしている、もしくは手にすることができる立場にあるはずです。

歳を取るということは、哀れなことでも、醜いことでもありません。ましてや恥ずかしいなんてことは決してありません。誰でも経験するであろう自然なことなんです。

にもかかわらずです。にもかかわらず歳を取ることが衰退や劣化と考える人は多いです。一体なぜなのでしょうか。

Ans:人は歳を取ると性格が悪くなるから

あくまでも個人的な意見ですが、僕が思うに、人は歳を取るにつれ性格が悪くなる傾向にあるからだと思います。

性格が悪いから避けられ、扱いが難しいから疎まれ、社会やコミュニティから孤立し、その結果として人として劣化したとみなされるのではないでしょうか。

もちろん素敵な歳の重ね方をしている方も多くいらっしゃいます。ですが、近年ですね、老害と呼ばれるような方や立場に陥る方も非常に多いです。

そこで僕自身の生活や人生を振り返ってみました。僕自身の若いころと現在を比べ劣化したところや直さないといけないな、と常々思っている部分を書き出してみることにしました。

僕もまだ人生折り返しに差し掛かったばかりです。こないだ三十路になったばかりの若輩者ではありますが、やはり歳を取るにつれて性格が悪くなっていると感じるんです。

なので、今回の記事は自身への戒めと反省を込めて執筆しています。もし僕が自身に感じるモノと同じような”劣化”に心当たりがある方は早急に直しましょう。

前置きの最後にですね、勘違いしないでいただきたいことが一つあります。お年寄りだから性格が悪いと言っているわけではないんです。歳を重ねると(誰でも)性格が悪くなりがちであると言っているんです。

この違いをよく理解してほしいんです。

若者でも歳を重ねるという現象によって性格が徐々に悪くなる可能性があるということなんです。また性格的なことなのでやはり個人差もあります。育った環境や経験した出来事によっても違いはでます。

今回の記事の内容は、あくまでも僕自身の体験を踏まえた上での歳を取るとこんな感じになりがちである像に過ぎないものであるということをご了承ください。

まぁ最後まで読んでいただければ僕の言わんとしていることを理解してもらえると思います。なので、まずは歳を取るとこうなりがちであるという例を僕の実体験をふまえながら一つ一つ解説していきますね。

歳を取ると……

頑固になる

やはりコレが一番多い気がします。歳を取るとどうしても頑固になってしまうんですね。コレはもうしょうがないです(‘Д’)

なぜなのか?

まずですね、学生であれば両親や親戚などに養ってもらっているわけです。なので、家族や親戚、またはバイト先の先輩であったり、学校の先生であったり、そういった目上の人に対して反論する術を持ちません。

正しくは、反論はできるけれども、自立していないので何を言っても説得力が無いのです。笑

この時点では多くの若者はまだ人に何かをしてもらうだけの存在でしかないからですからね。

  • 両親に育ててもらう
  • バイト先で仕事を教えてもらう
  • 学校で勉強を教えてもらう

なので、「まだまだ己は無力なひよっこである」という自覚があるんです。自覚があるので経験が豊富な目上の言うことは聴きますし、従いもします。”知らない”という状態を受け入れ、知るための努力をし、柔軟に素直に諫言を受け入れる土壌があります。

ですが、社会人になれば多くのことは自分で行い、責任はすべて自分で取らなければなりません。一方で仕事や社会生活を通して社会に貢献をすることで自立した大人としての発言権を得ることができます

ここです(・`д・´)

このプロセスが重要なんです。この”自立”するまでの段階で多くの経験をし自活するための知識や経済力を蓄えます。そして、一社会人としての責任感も身につき、自信を持ち始めます。

この自信こそが問題の発生源なんです。

確かに自信を持つのは素晴らしいことですが、(僕自信を含め)多くの方は精神的に頑なになってしまうんです。

自分はこれだけのことをやってきた

俺は自分の力で生きている

こういった自信が歳をとるにつれ頑固さに繋がっていくのです。

もちろん自信があるのは決して悪いことではありません。自信があるということは、多くの成功体験を積み上げてきたということです。つまり、デキる人材ということです。

ですが、そういったデキる人材ほど自身が成し遂げてきた手法を盲信するあまり他者や新しいやり方を否定しがちになります。

こういった過程を経て頑固になったタイプの方は、以下のような言動をとるようになります。

説教をしだす

自身やその経験に絶大な信頼を寄せているため、それ以外を無価値なモノと決めつけがちになります。結果として、説教をするようになります。大体は昔話や自慢話や苦労話とセットです。

俺の若い頃は〜だった。今の若い人は〜だ。

タメになる話をしてくれる方もいますが、経済から社会の仕組みからなにからが変わってきているので、当時成功したやり方が今も通用するとは限りません。

今の若い人は根性が無い。すぐに辞める。3年は働かないとダメだ

今の若いヤツはなにをするかわからない。すぐキレる。

コレ本当に多いです(´Д` )

バブル期経験してウハウハだった世代に言われるとモヤっとします(‘_’) そりゃー、もらえるもの貰えてたらキツくても3年続けますよ(‘Д’)

下の方はもう団塊の世代だけには言ってほしくないですよね……。校内暴力全盛期で学生運動したり、火炎瓶投げてた世代が「近頃の若者は〜」って、高度な自虐ネタか何かですかね……。

ちなみに、近年犯罪率は年々下がっているそうです。特に少年犯罪は史上最少値を更新したそうです。一方で団塊世代の犯罪率は上昇傾向にあります。

2017/02/14

高齢者の暴行での検挙数が20年間で49倍になったそうです。それ以外にもとても興味深い記事なので時間がある方は是非読んでみてください。

ヤフーニュース

「キレるお年寄りにどう向き合う 増える暴言・暴力トラブル」

謝れなくなる

自分の間違いを認められなくなってきます。別に大したことがない問題で、謝ったからといって決して不利益を被ったりすることがない場面でも謝りません。謝れないんです。

僕、コレすごく当てはまります(‘_’)

ダブルスタンダードなことを言ってみたり、屁理屈を言ったり、反論したりしてしまいます。絶対に間違いを認めない謝れない人となんか話してて楽しくないですよね。コレ、反省して直していこうと思います。

多分ですが、こういったタイプの人は自分が正しい、もしくはスゴいと意識的にせよ無意識的にせよ思っているんですよね。

自分が正しい、間違っていない、だから謝る必要もない、だって間違っているのはそっちでしょ

って感じだと思います。

実際、僕もそんな感じだと思います。若い頃から自活し、割と珍しい体験を多くしてきました。人に話すと驚かれますし、「本でも書きなよ!」とか言われます。笑

多分こういった背景があるから調子に乗っちゃってるんですね(‘_’) イイ年して本当に恥ずかしいのですが、

こんなにも人とは違う人生送ってる自分は特別だ

くらいに思って調子に乗ってたんだと思います。

客観的に見てみるとタダの現実逃避なんですけどね。でも、どうしても客観的に見れませんでした。自分のことを客観的に見るって本当に難しい(´Д` )

まぁともかくですね、歳を重ねるにつれて謝れなくなっていました。なんかカッコ悪いですね。反省したいと思います。これを読んでいて心当たりのある方は一緒に反省しましょう。

内ではなく外に原因を求める

何か問題が起こったとします。そんな時にですね、若い時であれば人に相談したり、自分の反省すべき点は無いかどうかをまず初めに考えたものです。知らないことがあれば調べたりもします。

当然ですね、若いので知らないことだらけです。なのでまずは自分の不手際を確認したものです。

ですが、歳を重ねるにつれ内ではなく外に原因を求めるようになってしまうんです。

何かミスをしてしまった時や、口論になってしまった時、どうしてもうまくいかない時。そんな時に自分の努力不足や準備不足といった内的要因ではなく、外的要因ーいわゆる人のせいーにしていませんか。

パートナーや友人と喧嘩した時に自分にも非があるのに相手ばかりを責めたりしていませんか。勝ち負けを気にしたり、優位に立とうとしていませんか。

パソコンが壊れた時に

何もしてないのに壊れた。不良品売りつけられた。やっぱりwindows8はダメだな

とか言ってませんか?笑 説明書も読まないし、調べもしない、わからないのに聞かずにイジったために問題が起こったのに人や物のせいにしていませんか。

混雑した駅の切符売り場で券売機前に辿り着いてから財布を取り出し、目的地を調べ出始めたりしてませんか。そして周囲の人に怒られたら、

わかりづらいのが悪い(・`д・´)

なんて駅にクレームをいれたりしてませんか。

事前に調べたり、切符を買ったりすることもできたハズです。それを怠った準備不足なのに年末年始も休まずに駅を開けてくださっている駅員さんに八つ当たりしてませんか?

確かにwindows8はわかりづらかったですし、駅の券売機も慣れない人にはわかりづらいかもしれません。ですが、わからないことは調べたり、人に聞くのは当然のことですよね。早めに家を出ても良かったかもしれません。若い頃ならみんなやってました。辞書を引いたり、経験者に聞いたり。

しかもですよ、現代ではスマホもあるし、パソコンもあります。本屋さんには懇切丁寧に説明書きがある本も置いてあります。公共の案内板や掲示板も昔に比べて随分親切な作りになっています。

それでも出来ないワカラナイというなら、それは怠慢という他ないと思います。

わからない9大理由のコピペ

  1. 読まない …説明書などを読まない。読む気などさらさらない。
  2. 調べない …過去スレ、ググるなど最低限の内容も自分で調べようとしない。
  3. 試さない …めんどくさいなどの理由で実行しない。する気もない。
  4. 覚えない …人から聞いて、楽して得た答えは身に付かないから、すぐに忘れる。
  5. 説明できない …何に困っているのか、第三者に正確に伝わる文章が書けない。
  6. 理解力が足りない …理解力以前の問題で理解しようとしない。
  7. 人を利用することしか頭にない …甘え根性でその場を乗り切ろうとする。
  8. 感謝しない …教えてもらって当たり前。事がすんだらさようなら。
  9. 逆切れする …自分の思うようにならないと逆切れする。

最後に割と有名な新聞の投書を載っけておきます。

どうかんがえたら 新幹線の三景  無職 63歳男性

暮れの新幹線。相当の混雑なので指定車両に移ってみた。ここも満席だったが、ふと見ると、座席に小さなバスケットが置いてあり中に小犬。隣に若い女性が座っていた。早速「ここ空いてますか」と尋ねてみた。すると、その女性は、「指定席券を買ってあります」と答えた。私は虚を突かれた思いがした。

改めて車内を見渡すと、多くの立っている大人の中、母親の隣で3歳ぐらいの男の子が座っている座席もある。あれも指定切符を買ってあるのだろう。

仕方なくいっぱいの自由席に戻ると、ここにも学童前と思われる子が親の隣に座っていた。懲りもせずにまた「ここ空いてますか」と尋ねると、母親は仕方なさそうに子どもをひざの上に乗せ席を空けた。私はその座席で居心地の悪さを感じながら、この新幹線の中での三景をどう考えたらいいのか自問した。

この方も事前に新幹線のシステムを調べる・指定席券を買う・もしくは自由席を取るために早くから並ぶ等できたはずです。それをせずにただただ他人や現行のシステムを批判するのはお門違いというものです。

もちろんこういった問題は歳をとったことだけが原因ではありません。若い人でもなんでも人のせいにする人はいます。ですが、人は歳を重ねるにつれこういった側面が強くなると思います。

知らない事があることも、謝ることも恥ずかしいことではありません。ですが、知るための努力をしないことや間違いを認められないこと・謝れないことは恥ずべきことです。

出る杭を打つ・出しゃばる

昔から第一線に留まりたがる方は多いものです。ですが、近年特に多いように思います。きっと医療の進歩や食生活の大幅な向上のおかげなのでしょう。お年を召していても元気で若い方も多くなりましたしね。

そのためですかね、

「まだまだ若いもんには負けん」

「若い世代はだらしない、自分の頃は~」

なんて言いたい放題やりたい放題して、出る杭を打ちまくって後進に席をなかなか譲らなかったりする事例が多くなってきたようです。

そして、旗色が悪くなると「これからはお前たちの時代だ、しっかりしろ」なんて負債を残してトンずらかますんです。残ったのは経験を積ませてもらえなかった借金世代です。

これ日本だけじゃないですよ。世界中どこでもそうです。

言葉は悪いですが、これこそTHE・老害です。

いつまでも自分が主役で第一線の現場に留まりたいのはわかりますが、後輩や子供世代のことをもう少し考えましょう。まずは後進をしっかり育成して、後継ぎも確保しましょう。それから自分だけの道や技術を追求しても遅くはないのではないでしょうか?

後継者を育成せずに引退するなんて、江戸時代ならお家断絶ですよ!

僕、若いころに様々な職人さんとの関わりがある生活をしていました。そこで知ったのですが、職人さんの世界では後進を育成して初めて一人前と見なされるんです。

世間でよく言われる「家庭を持って初めて一人前」という言葉も、次世代の担い手の育成という意味では同じだと思います。

他にもビジネス書なんかにもよく書いてありますよね。

自分一人で出来る仕事には限界がある。出来る人は、後輩を育成して仕事を引き継いでもらい、自分はさらに先に進む。そしてさらに大きな仕事をする。

みたいな。

出る杭はガンガン伸ばすべきです。すると伸ばしたあなたの評価もあがります。そして伸ばした後進と共に一人では到達できないであろう、より大きな何かを成し遂げましょう。

偉そうになる 

とにかく横柄な方多いです。若者に比べてかなり顕著です。

僕が若い頃に書店で働いていたことがあるのですが、クレームをつけて来る方は圧倒的に年配の方が多かったです。

店内で飲食をする、注意すると大声で怒鳴る・接客時にイヤホンをしていてこちらの受け答えを聞こえない聞く気が無い、話しかけてもイヤホンをしていて聞こえてないのでこちらで勝手に進めると文句を言う・いきなりレジに突っ込んできて「これ、持ってこい」と命令する・お金を投げつける・商品である本の上にカバン等の荷物を乗っける・いつも来てるからと無茶な注文をする……etc…etc…

枚挙に暇がありません。

なんであんなに横柄で偉そうになるんですかね。上記で貼った新幹線の投書もそうですが、とにかく偉そうな方多いです。初対面なのに敬語も使えないような方も多いですし。

年長者だからと無条件に偉いと思ってるんですかね(‘Д’)?

「俺は常連だぞ」「いつも使ってやってるのに」「お客様は神様だろうが」「そんなこともわからないのか」「今の若い奴は」「お前じゃ話にならない、一番偉いヤツを呼んで来い」

↑みたいなことを言ってるような人は少し改めたほうが良いと思います。

「店員さんに偉そうにすることがカッコいい」だとか「俺の意見を認めさせた」、「クレームを入れることで店のサービス向上に貢献した」だなんて勘違いしている方本当に多いです。

もちろん店側の不手際についてはしっかり抗議すべきですが、自分のワガママを押し通したり特別扱いを強要するなんて、物乞いにも等しい恥ずべき行為です。周囲の人や家族はドン引きしてますよ。

僕も親がこんな感じの家庭で育ちましたが恥ずかしくてしょうがなかったです。自分がよく読まない・聞かない・調べてないが故の結果の失敗なのに、ゴネてゴネて、相手の譲歩を引き出したりするんですよね。

先ほど貼ったヤフーニュースの記事に出てくる「家族旅行は台無しに」みたいなエピソードみたいな感じになります。

ヤフーニュース

「キレるお年寄りにどう向き合う 増える暴言・暴力トラブル」

ハッキリ言って、周囲から疎まれてますよ。気付いていないだけです。周囲の人が我慢してくれているだけです。何かキッカケがあればすぐに人は離れていきます。

上記の様な内容に心当たりがある方は即刻改めましょう。

なんか悪口三昧になってしまいました(‘_’) ですが、決して全ての年長者が偉そうであると言っているわけではないことを理解していただきたいです。また一括りにして高齢者は性格が偉そうと言っているわけでもありません。謙虚な方や親切な方はたくさんいます。というか、そちらの方が大部分を占めます

実際に問題のある方は実はそう多くはありません。ですが、一部の方が強烈なインパクトを持っているので強烈な印象で焼き付けられるんです(‘_’)

人付き合いが減る

これは若い人でも割と起こり得ることだと思います。働き始めるとしょうがないですよね。どうしても人付き合いの機会が減ってしまいます。平日は仕事で疲れているし、休日は休みたいし。さらに結婚したり、子供が出来たりもすると、ますます今までの付き合いは減ってしまうそうですし。

怖いですね……(‘_’)

この調子で生活して、定年になって、やっと時間ができたと思ったら友人と呼べるような友人も居ない・やることがない・家族から疎まれるなんて事態になったら寂しいですよね。

年を取って何がキツいって、この疎外感がキツいです。

若い頃は自然と何かしらのコミュニティに所属しているものですが、年を取るとそうはいきません。自ら積極的に動かないと、会社でしか人と話すことが無いような生活になってしまったりします。

ここで学生時代の友人やパートナーや、例えオンライン上の友人であれ、友人がいるなら大丈夫です。なんとかやっていけます。

ですが、もしいなかったら……孤独に慣れていない人だとツブれてしまいかねないほど辛い生活だと思います。誰からも必要とされず、連絡も取らず来ず、まるで社会から置いていかれてしまったような疎外感を感じるようになってしまいます。

精神的にかなりキツいです。

一度そういった状態に陥るとですね、日常にも支障が出たりします。話が下手になるんです。これは冗談とか誇張じゃなく、かなり致命的です。

人と話慣れてないとですね、まず声が出なくなります。ボソボソしてしまったり、大事なところで何回も噛んでしまったりします。笑

それから話の構成が下手になります。時系列がめちゃくちゃだったり、自分しか知らないことを相手も知っている前提で話すため話が通じなかったり、因果関係がめちゃくちゃになったりします。

同じ話を何度もしたりもします。人付き合いが少ないため、新しいイベントが起こりません。そのため過去の話をするしか話題が無かったりします。最初は近況報告やニュース等で繋げますが、最終的には毎回同じ話をするようになってしまいます。

そして距離感が測れなくなるんです。久しぶりに人と楽しく話せたせいか、自分の話したいことだけ話したり。会ったばかりなのに「次にいつ会える?」みたいにグイグイ来たり。そうかと思えば、「こんなに連絡したら迷惑かな?」と自分から誘えなくなってしまったり。適切な距離感の測り方がわからなくなってしまうんです。

以上のように、話が下手になってしまうんです。お年を召した方に特に多い症状ですが、他にも遠方に嫁いだ内向的なタイプの専業主婦の方(特に育児がひと段落した方)だとこういう方多いです。周囲に友人もおらず、パートや習い事もしていない方とかです。

話が下手になってきたり、子供に「話が分かりづらい」「それもう聞いた」等と頻繁に言われるようになったら積極的に行動するように心がけましょう。新しいことを始めるのもよいでしょう。

まとめ

自分の悪いところ・思い当たるところを反芻しながら書いてみたわけですが……僕、性格悪いですね( ;∀;)笑 コレちょっと本格的に注意して直していかないとなぁ。

みなさんはいかがでしたでしょうか? 思い当たる節はありましたか? 若い方でも、きっと1つ2つは当てはまることと思いますし、それが普通だと思います。引退した部やサークルに入り浸って偉そうにするような若者もいますしね。笑

お互い気を付けましょうね。

僕も若い頃に「カッコいいな、こんな人になりたいな」と思った大人になれるように努力していこうと思います。

具体的には、

謙虚で物腰が柔らかくて、見栄を張らなくて、素直に謝れる、分からないことは分からないと言える、誇張や自慢無しに経験談や失敗談を話してくれる、頼りになる。そんな誰からも尊敬される・どこででも重宝される人になりたいです。

おまけ・老獪になろう

この記事では年齢を重ねることでのデメリットが多かったです。でも、メリットデメリットで比較するとですね、決して若い頃に劣っているわけではないんです。

多くの年長者は、ただ漫然と年を取ってきたのでしょうか?

決して違うはずです。様々な経験を積んできたはずです。

若い人が持っていない広い視野もあるし、長年の経験で培われてきた創意工夫や対応力、そして経済力も大きな武器になるはずです。

老年は山登りに似ている。登れば登るほど息切れするが、視野はますます広くなる。

イングマール・ベルイマン(スウェーデンの映画監督)

人生の時間は若い人に比べ残り少ないかもしれません。新しい物事に対するモチベーションも薄いかもです。

ですが、いっそ逆に考えてしまいましょう。若いころであれば、無限の選択肢があるために却って迷ったりして、結局遠回りしたりするものです。しかし、残された時間が(若者と比べて)少ないとなれば迷う必要がありません。これだと決めた一つの対象に迷わずモチベーションを全て注ぎ込めます。大幅なショートカットです。

確かに若いころに比べモノ覚えは悪いかもしれません。しかし、それも経験から効率や要領の良いやり方を当てはめたり、年長者ならではの財力にモノを言わせてプロセスを短縮することも可能です。

年長者には年長者なりのやり方があるのです。それが年を取ることで身に付くスキル・老獪さであると思います。年長者故の自分にしか出来ないやり方を模索しましょう。

おまけ・若さとか老獪さとか

いくつか偉人や著名人の名言を紹介しますね。

小説家の永井荷風氏はこう言っています。

「日本人は三十の声を聞くと青春の時期が過ぎてしまったように云うけれど、情熱さえあれば人間は一生涯青春で居られる」 

年齢よりも情熱が大事なんですね。

日本人なら誰でも知っている有名な例のオジサンもこう言っています。

人は60歳や65歳になると人生これで終わりと思うものだ。しかし、その人の年齢は、自分が感じた歳、思い込んだ歳で決まる。歳がいくつであろうと、やれる仕事はたくさんある。

カーネル・サンダース(KFCの創業者)

65歳で創業した彼が言うだけに説得力あります。

人生に挑戦するのに年齢なんて関係ない。
そもそもこの世に時間などない。
それは人間が勝手に作ったものだ。
私は時計師だからそのことがよくわかる。

フランク・ミュラー(スイスの時計師)

時計を通して時間という概念に真摯に向き合った彼ならではの言葉ですね。

世間では、妙にありがたがってる部分もあるけど、 若さって俺はたいした特典ではないと思う。 年齢は関係なくて、無茶を出来るスピリッツを持っているかが問題

北野武

永井荷風さんと少し似ていますね。この無茶を出来るスピリッツこそが情熱なのでしょう。

結局はコレなんでしょうね。若かろうが年を取ろうが、人生って結局この”無茶を出来るスピリッツ=情熱”があるかどうかなんだと思います。

強い情熱があれば、老いだとか、若いだとかのメリットデメリットなんて誤差のようなものなのでしょうね。そんな強い情熱やスピリッツを持ちたいものです。

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